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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1640号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一、控訴人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人櫻井澄子は、控訴人に対し、原判決物件目録記載建物を明渡し、昭和四三年四月一日から右建物明渡まで一カ月金五万七、〇〇〇円の割合による金員を支払え。被控訴人矢島嘉一の請求を棄却する。控訴費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決、および仮執行の宣言を求めた。

二、被控訴人らは、主文第一項と同旨の判決を求めた。

(主張、証拠)

当事者双方の主張、証拠の提出、認否等は、左記のほか、原判決の事実摘示に記載するとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人

1  別紙控訴人の主張に記載のとおり主張する。

2  甲第六号証の一ないし五を提出する。

当審における証人横田高太郎の証言を援用する。

二、被控訴人ら

1  別紙被控訴人らの主張に記載のとおり主張する。

2  当審における被控訴本人櫻井澄子尋問の結果を援用する。

3  甲第六号証の一ないし三の成立は認める。同号証の四、五の成立は知らない。

理由

一、当裁判所も、原審と同様に、控訴人の被控訴人櫻井に対する請求は失当であるから、棄却すべく、被控訴人矢島の控訴人に対する請求中原審の認容した部分は理由があるから認容すべきであると判断する。その理由は、左記のほか、原判決の理由に記載するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目裏(記録三七丁)一行目の「被告の」を、「被告と」にあらためる。

2  原判決一三枚目表(記録三八丁)九行目の「信用することができず」の後に、「当審における証人横田高太郎の証言によつては右認定を覆すことができないし」を加える。

3  原判決一六枚目表(記録四一丁)五行目の「ない。」の後に「(もつとも、売買と賃貸借はともに有償契約であるとはいえ、賃料は物の利用の対価であり、売買代金は、財産権移転の対価であるという性質上の差異が認められるが、この性質上の差異があるため、賃料について、代金の支払に関する民法第五七六條の規定の準用を否定しなければならないような合理的根拠はみあたらないから、右性質上の差異があることは同法第五五九條但書の場合に該当しない。)」を加える。

4  原判決一七枚目裏(記録四二丁)一〇行目の後に、「控訴人は甲第一号証(公正証書)中の前記特約の記載は公正証書に常に記載され特に意味のあるものではなく、しかも右文言は既に当事者の意思によつて死文化していると主張するが、これを確認するに足る証拠はなく、却つて前掲第一一八九三号事件原告本人の供述によると、右文言は当事者を拘束する趣旨を含まないいわゆる例文ではなく、また死文化してもいないことが認められる。」を加える。

二、よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

控訴人の主張

被控訴人矢島の控訴人に対する本件解除は第一審における控訴人の主張のほか、次の理由から効力のないものであり、控訴人は被控訴人矢島に対し本件家屋を明渡す義務はなく、本件は棄却さるべきものである。即ち、原判決は甲第一号証中「転貸・同居人を置くこと・賃借権譲渡等を禁止する旨の特約」を他の条項とは別にわざわざ手書きで明記しているので右特約は有効に成立したことが認められる趣旨の判断をなしている。ところが、甲第一号証は第一条と第二条の全文及び第三条第一号乃至第五号迄並びに第一〇条が手書きで作成されたものであり、第三条第六号乃至第一〇号迄及び第四条乃至第九条迄はすべて印刷文字によつている。第一〇条は物件の表示であるので手書によることは当然である。第一条乃至第三条第五号迄は一枚の用紙であり、それ以下は別個の印刷された用紙である。しかも原判決判示の「転貸・同居人を置くこと・賃借権の譲渡等の禁止」は第三条第五号で手書きされた一枚の用紙の僅か三行に過ぎない(一枚は二四行である)。このことは右条項のみをわざわざ手書きしたのではなく、たまたま作成した公証役場に一枚目に当る部分の用紙がなかつたために手書きしたのに過ぎないものである。また第三条第五号に当る文言は第三条の他の各号の文言と同様公正証書には常に記載するものであり特に意味のあるものとしてのものではない。しかも原判決にもある如く、原審に於て被控訴人矢島も控訴人が訴外中村に転貸することの承諾をした旨の供述をしており右供述は右被控訴人に不利なものとして信用し得べく、従つて右文言は当事者の意思によつて死文化していることは明白であり、右文言を基にした右被控訴人の控訴人に対する本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力を有しないものである。

別紙

被控訴人の主張

一、「無断転貸禁止の特約」は、例文ではない。

控訴人は、いわゆる無断転貸禁止の特約は、賃貸借契約中において「常に記載するものであり」本件でも「特に意味のあるものとしてのものではない」旨主張する。

しかしながら、右特約が常に必ず記載されるものではないし、そして、本件では、賃貸借契約は、公正証書になつている。本件公正証書は、当事者たる控訴人と被控訴人矢島が公証人役場に出頭し、その陳述にもとづき公証人が作成し、しかも作成した文書を公証人が列席した当事者本人に閲覧させ、その承認を得た上で各自に署名・捺印させたものであるから、契約書が当事者の真意にもとづき、しかもその内容を諒解して作成されたものであることは明白である。

したがつて、本件で公正証書に使用されている文字が印刷文字であろうと又手書きの文字であろうと、当事者がこれに拘束される意思があるのは勿論であつて、右特約が例文であるとの主張は理由がない。

二、「無断転貸禁止の特約」は、有効である。

控訴人は、右特約は被控訴人矢島が訴外中村に対する転貸を承諾したことにより「死文化」した。

このことは、被控訴人矢島の供述により明らかである旨主張する。

ところで、被控訴人矢島の本人調書を検討すれば明らかであるが、右のような供述は、存在しない。

このことは、原判決(三四頁)でも明らかにされているところであるから、控訴人の右主張は、失当である。

なお、右特約「死文化」の主張が従前の「転貸の事前承諾」「転貸の黙示の承諾」という抗弁と別個のものであるのか、必ずしも明確でない。

しかし、右抗弁事実が存在しないことは、原審において主張したとおりである。

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